若き日の望みは年老いて
ゆたかに満たされる。
「わが生涯より」ゲーテ著(斉藤栄治訳)
先日、JRの廿日市駅から国道2号線までまっすぐ続く廿日市商店街を歩いた。子供のころによくこのあたりを歩いていたので、自分には懐かしい場所である。廿日市市の町のつくりは無意味に複雑で初めて訪れる者にとってとてもわかり辛い。というのもいろんな施設があちこちへ拡散していて、町の中心というものがない。そうなった経緯は、決して行政がそれを区画整理したからではなく、ただ計画の頓挫から今のような町の設計となった。これが将来的にどういう悪い形ででてくるか心配ではある。
廿日市市に海外からのたいていの旅行者は、まっすぐ宮島を目指し、厳島神社を参拝してその日のうちに広島市内へともどってしまう。当然廿日市市内を見てまわるということはないし、ここに市の行政機関があるということも理解しないだろう。きっと将来廿日市市というものの存在意義は確実になくなるだろう。おそらくこのままでは廿日市市は広島市と合併することとなる。ただたいていの廿日市市に住む人たちにとっては、行政さえしっかりしていればどこの行政であろうとかまわないのかもしれないが。
宮島町が廿日市市と合併する折には、知名度と、廿日市という漢字の読み辛さから、他の名称(例えば世界的に知名度の高い宮島など)にという発案もあったらしいが、結局のところはこの廿日市市という市の名称で決まった。せめてだれもが読めて覚えられるように二十日市にできなかったのだろうか?
こういう保守的なものの考え方での決定が、せっかくの町の潜在能力をだめにしてしまうので、残念で仕方がない。3月末から町や人を出来るだけ観察しているが、人の姿をみれば、たいてい高齢者ばかりである。たまに若い人を見つけても、その覇気は高齢者と変わらない。いやむしろ高齢者の方が知力体力ともに数段上なのかもしれない。表面的な部分だけを見てものを言うのは語弊があるかもしれないが、まずは少しずつでも、ムーブメントを起こせるよう努力してみるつもりでいる。
そんな自身の思いから、今後の活動をするにあたって出発点として廿日市商店がを選びたかった。それはノスタルジックな思いもあるのかもしれない。だが自分にはこの場所が町の中心になれる唯一の可能性だと感じるからだ。一筋縄ではいかない。一歩づつ少しづつ可能性を広げていきたい。たとえ時代錯誤なドンキホーテだったとしても。






昔はもっとにぎやかだった商店街も、今ではたくさんのお店が閉店したままである。
古くなったお店は取り壊し、住宅地や駐車場になってしまう。
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